部落の生活から現代企業の集団を考える


この記事の所要時間: 240秒 〜 340秒程度(1617文字)


中小企業診断士の佐々木孝です。
 
最近、『にっぽん部落』(きだみのる/岩波書店/1967年)を読み返しています。
部落を「人間が、生きるための自然発生的な最小の社会集団」と捉え、「部落の住民の感じ方、考え方、やり方を調べてゆけば、そこから得た結論には他の部落だけでなく、二次的三次的或はよりそれ以上の上位小集団の解明にも役立ち得る」という立場で、部落の生活を観察→小集団のあり方を考察した本です。著者・きだみのる(本名・山田吉彦)はパリ大学で古代社会学を学び、東京の南西部に位置する恩方村(現在は八王子市)の部落に自ら暮らして、部落の研究を重ねました。著者の代表作で現在でも入手可能な『気違い部落周游紀行』(冨山房百科文庫)はご存知の方もいらっしゃるでしょう。
 


現代の企業も小集団の集まり


この本を読んでいておもしろいのは、戦争直後の部落での知見が、現代の企業の中にあるたくさんの小集団を考えるにも役立つところです。

部落の生活で根本的に大切なことは何か。それは部落が何事につけても一つに纏まることだ。〔略〕
したがって部落が一つに纏まるには他に対する自発的服従或は自己制限が必要になる。

部落の者には余所者の頼みを聞く習慣はないのだ。

部落外の者が部落内の者にいうことを聞いてもらいたかったら親方、世話役、首振りなどと呼ばれる部落の要人に話を通して貰ったらよい。〔略〕
それは間に立った首振りが、この服従から受けた一切の危険に何らかの責任を持ってくれるからだ。

世話人になれるのは人格者と部落でいう型の人間が一番で、これは博打をしたり、ずる賢さのない、おっとりした型でしかも他人に乗ぜられないほどの賢さを具えた人物だ。そして部落の住人が頼みに来る雑多な暇っ欠き仕事を厭な顔もせずしてやると自然、住人たちの信頼が集まり、その人のいうことなら聞くことになり、その人をみんなで世話役に祭りあげることになる。

 
いかがでしょう。
すべてが現代企業にも当てはまるように思います。それどころか、企業内の集団はこれらの基本的な事柄を蔑ろにしているからうまく回らない、そんな風にも考えられる程です。
 
組織論やグループダイナミクスといった学問的、体系的な考え方も大切ですが、時にはここに挙げたような原初的な事柄を考察することも、企業内の集団を考えるには有効なのではないでしょうか。
 


政府が定めた犯罪、部落が見なす犯罪


真実の犯罪とは国も犯罪と定め部落も犯罪と見なす行為でなければならない。

 
この部分もかなり考えさせられます。
部落の生活とは実際的に関係のない社会(政府)が押し付けた“定め”に従うことへの違和感をあらわしており、選挙違反、贈賄、賭博、密猟などを例に挙げています。もちろん、法治国家においては「悪法もまた法なり」であることを忘れてはいけませんが、価値観の違う主体が決めた“定め”に対して違和感を持つことは誰にもある筈です。
 
企業内で言えば、現場をよく知らない取締役などが訳のわからないルールをつくる場合が、これにあたるでしょう。闇雲にルールに従うのではなく、その目的を考えて場合によってはルールを破ることも必要になるのは当然です。
 


源にふれろ


最近のビジネス手法や経営学が展開する議論を見聞きして感じるのは、「こねくり回し過ぎ」ということです。いろいろな人のさまざまな思惑により無駄に難解になっている事柄が多いように思えてなりません。「ライバル社が売り出している手法に勝つためには、もっと新しいものを上乗せしないと」を繰り返し、元の問題意識からは大きくかけ離れた役立たない新技術を開発しているような事例が数多く見受けられます。
 
今どきの手法を使って解決策が見出だせないときは、一度「源にふれる」ことをオススメします。

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