東急東横線の「足による投票」に見る世知辛さ


この記事の所要時間: 220秒 〜 320秒程度(1432文字)


今春、東急東横線の直通運転先が切り替わるのをご存知だろうか。
3月16日(土)から東急東横線は東京メトロ・副都心線に乗り入れるようになり、長く続いた日比谷線との直通運転を終了するのだ。これにより、東急東横線から新宿三丁目や池袋へのアクセスは良くなり、六本木、霞ヶ関、銀座などとの行き来は不便になる。
 
これは変形した足による投票と言えそうだ。
 

photo credit : tokyoform via photopin cc

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銀座より新宿がいい?


足による投票は、社会学の用語で「住民が自分にとって好ましい行政サービスを提供してくれる地方自治体の地域に住所を置く形で選択することによって地方自治体の納税収入等が変動し、地方自治体間の競争メカニズムが発生するという理論」だ(参考:足による投票|ウィキペディア日本語版)手による投票(選挙)が曲がりなりにも理念や理想を掲げて競われるのに対して、足による投票には住民の生活や現実があらわれる。
 
この言葉の本来意味するところは、住民の移住による自治体の選択だ。
しかし、この種の選択は、住宅だけでなく店舗や工場でも行なわれており、また、人々がビジネスやショッピングのために来訪する街についても生じている。これらの現象を、拡大解釈して「足による投票」と捉えると、「投票」という言葉を使う効果により問題認識がクリアになるように思う。
 
この捉え方で言えば、今回の東横線の事例は、東京急行電鉄が沿線住民の「足による投票」を考慮して行なったと考えられる。つまり、「銀座より新宿がいい」という投票結果が想像できた訳だ。
 


地方自治体も「選択と集中」が必要になる


さて、東横線の直通運転先変更でまず感じたのは「世知辛さ」だ。
 
長年お付き合い(?)がある日比谷線を切り捨てて、副都心線に乗り換えるようなクールな決断は現代的な事象と言えるだろう。以前の日本なら、これまでの関係性を元にそのまま直通運転を続けるようなことが多かったように思う。経済の停滞や将来の不安が増す中、余裕がなくなった企業や個人が「足による投票」を根拠に厳しい判断をする事象は、これから更に頻繁に起きるように思えてならない。
 
もちろん、「足による投票」の顕在化は、本来の意味である地方自治体の選択にも及ぶ。
今のような経済環境が長く続けば、地元愛などかなぐり捨てて、少しでも行政サービスのいい地方自治体に移住する人が多くなると考えられるからだ。
 
このとき、地方自治体の競争は今よりも厳しくなる。
地方自治体はその存在意義から公平なサービスを目指すだろうが、それでは濃淡がつかず、誰にも魅力がないことになってしまう。フリーサイズは誰にもフィットしないのだ。
 
これまでの街の競争で思い浮かぶのは、鉄道会社を主役にしたイメージの競い合いだ。
しかし、世の中が世知辛くなった今、これからはイメージよりも付加価値の争いになるだろう。ビジネスと同じように「選択と集中」の発想をもっと強くして、ターゲットに向けた積極的な差別化を図ることが必要になるのだ。
 
地方自治体は、そろそろ「足による投票」を真剣に考える必要があるように思う。

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