映画『ロッキー』もデータ化できる!?


この記事の所要時間: 350秒 〜 450秒程度(2195文字)

※画像はビジュアルシンキングより
※画像はビジュアルシンキングより

 
これはビジュアルシンキングで紹介されたRocky Morphologyというインフォグラフィックだ。映画『ロッキー』シリーズの各作品について、内容を時間軸で「闘い(赤)」、「トレーニング(青)」、「会話(灰色)」など6つの要素に分類している。パッと見ただけでも、どの作品も最初と最後に闘いのシーンがあること、トレーニングのシーンは1作目だけが長いこと、6作目で1作目や2作目のような単純な構成に戻ったことなどが読み取れる。
 
このインフォグラフィック、実はこれを制作したFathom Information Designのホームページでなら、もっと楽しめる。時間軸上にある下向き三角を動かすことで、そのシーンのサムネイル画像を見ることができるのだ。正しく「動くインフォグラフィック」。もはやインフォグラフィックの域を超えており、データを使ったエンターテイメント作品とも言えるだろう。
 
さて、この『ロッキー』のインフォグラフィックは、その見掛けもさることながら「データ化の方法」にユニークさがある。「どんなものでもデータ化できる」、「データ化さえすればいろいろなことがわかる」といった考えを後押ししてくれるようだ。
 

Photo credit : DolfinDans / CC BY Photo credit : DolfinDans / CC BY

 


6秒単位でぶつ切りにしてデータ化


映画をデータにする方法として一般的なのは、タイトルや出演者、監督や上映時間、公開日や興行成績などをデータベース化することだろう。対象とする映画それぞれについて、これらの項目をデータにして整理することになる。取り上げる項目を工夫することでよりリッチなデータベースにすることは可能だが、作品単位であることに変わりはない。
 
これと較べて、『ロッキー』のインフォグラフィックは時間単位でデータ化しているところがおもしろい。「動くインフォグラフィック」を見る限り、作品自体を6秒単位でぶつ切りにしてデータ化しているようだ。『ロッキー(ROCKY Ⅰ)』の41分20秒〜25秒は「会話」、1時間13分26秒〜31秒は「トレーニング」といったようなデータ構造になっているのだろう。
 
このインフォグラフィックの素晴らしさは、時間単位を採用したことに集約されると言ってもいい。データ化の切り口を変えることでインプットが変わり、まったく違ったアウトプットをつくり出すことができるのだ。
 


データ化の基準やカテゴリーにも人の手が・・・


更に言えば、データ化の基準を「何をしているシーンなのか」にしたところ、それを「闘い」、「トレーニング」など6つのカテゴリーに分類したところにもユニークさがある。同じ時間単位でデータ化するにしても、登場人物の人数を基準にデータをつくってもいいし、画面の明るさや色調を基準にデータにしてもいいし、音楽の有無を基準としたデータ化も考えられる。いくつもあるデータ化の基準の中から、「何をしているシーンなのか」を選んだこと自体がこのインフォグラフィックの独自性と言えるのだ。また、分類についても同様で、もっとシーンを細かくわけることもできるのに、この6カテゴリーの分類を使っているところに独自の判断がある。
 
これら、データ化する単位、基準、カテゴリーの工夫によって、映画『ロッキー』はこんなにリッチなインフォグラフィックになった。データ化の対象はみずから勝手にデータにはなってくれない。誰か人の手を介して、単位、基準、カテゴリーを決める必要がある。
 


インプットするデータの質の見直しを!


これら「データ化の方法」をつくり、決めるのは人間だ。データ活用の目的を定めた上で、対象をどんな単位、基準、カテゴリーでデータ化するかを考えることになる。「こんなデータ化が目的に役立つ」という仮説をつくっていると言い換えてもいい。マーケティングの言葉であらわせば、データ化はセグメンテーションだとも言える。どんな風にデータ化の対象を分割するかが勝負になるからだ。
 
正解があるものではないため、この部分にデータを扱う人間のセンスが活きる。いくら膨大なデータをつくっても、データ化の方法にキレがなければ大した結果は導き出せない。『ロッキー』の例で言えば、時間単位にすること、「何をしているシーンなのか」を基準にすることなどにセンスが発揮されている。映画の出演者、監督、上映時間をデータベース化していては、今回紹介したようなインフォグラフィックはつくれない。
 
統計学やビッグデータを重視する最近の風潮では、この「データ化の方法」が弱い点が心配になる。社内にあるデータやシステムで集めたデータを分析するのもいいが、そもそもそれらのデータにキレがなければいくら分析しても得られるものは限られている。
 
いかなる場合でも、「データ化の方法」を蔑ろにしてはいけない。データ活用は、目的にあったデータを考えるところからはじめることが重要だ。有りもののデータを使って分析しただけでは、わからないことも多い。そもそもデータになっていないものは、活用のしようもない。真に有効なデータ活用をしたいのなら、インプットするデータの質を見直すことが求められる。

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