コンサルタントは“鏡”でありたい


この記事の所要時間: 350秒 〜 450秒程度(2155文字)

 辞書は“かがみ”である ―― これは、著者の変わらぬ信条であります。
 辞書は、ことばを写す“鏡”であります。同時に、
 辞書は、ことばを正す“鑑”であります。
 “鏡”と“鑑”の両面のどちらに重きを置くか、どう取り合わせるか、それは辞書の性格によってさまざまでありましょう。ただ、時代のことばと連動する性格を持つ小型国語辞書としては、言葉の変化した部分については、“鏡”としてすばやく写し出すべきだと考えます。“鑑”としてどう扱うかは、写し出したものを処理する段階で判断すべき問題でありましょう。
〔略〕

これは『三省堂国語辞典』の編集主幹として知られる見坊豪紀(けんぼうひでとし)が、その「第三版 序文」に残した言葉だ。
 
「“鏡”と“鑑”の両面のどちらに重きを置くか、どう取り合わせるか、それは辞書の性格によってさまざま」としながらも、まず「写す“鏡”」があって、そこからはじめて「正す“鑑”」を示し得るという順序立てをしていることが読み取れる。生半可な知識で他人の言葉遣いにあれこれ言う輩が多い昨今、生涯で145万枚の用例カードをつくったと言われる見坊のこの文章に、高い見識を感じるのは自分だけでないだろう。
 
ここで“鏡”とは、すなわち調査のこと。だからと言ってこれを単純に「まず調査ありき」と結び付けるのは安直かも知れないが、“鏡”か“鑑”かはコンサルティングにおいても重要になる。「写す」と「正す」を意識的に使いわけられなければ、クライアントに迷惑を掛けるのが関の山だ。
 

Photo credit : Mary Margret / CC BY

Photo credit : Mary Margret / CC BY

 


コンサルタントも「写す“鏡”」が「正す“鑑”」に先んじる

コンサルタントにとって“鏡”に対応する作業はクライアントを「知ること」、“鑑”は「教えること」と言っていいだろう。前者を「調査」、後者を「仮説提案」と言い換えてもいい。鑑が教えることや仮説提案ではピンと来ないかも知れないが、コンサルタントはこれらの作業の前にクライアントの「正しい姿」を思い描いている。その上で、そこに至るまでの道のりを教えたり、そのために行ない得る仮説(改善案、施策案など)を提案したりしていると考えれば、納得いただけると思う。
 
そして当然ながら、ここでも「写す“鏡”」が「正す“鑑”」に先んじる。調査に基づかない仮説提案など絵空事だ。クライアントの現状を把握することもせず、今はやりのビジネス理論やIT技術を持ち出してたくさんの仮説を提案したとしても、糞の役にも立たない。
 
調査と仮説提案の「どちらに重きを置くか」はコンサルタントによるポジショニングの違いであり、どちらが良いとか悪いとかの問題ではない。しかしそれでも、調査なしの仮説提案はあまりに無理がある。それでは、今は風邪がはやっているからといって、患者の身体を見もせずに葛根湯を処方する藪医者と変わらないだろう。たとえ仮説提案に重きを置くポジションを取ったとしても、調査をないがしろにしていいわけではない。
 


調査抜きの仮説提案は魅力的だけど・・・

言ってしまえば、大した調査もせずに仮説を提案するような人には注意をした方がいいということだ。また、「まず仮説ありき」で現状を曲げて解釈する人にも気を付ける必要がある。故意か過失かは別にして、自分が得意にしている仮説(例えば「ビッグデーターによるシーズの掘り起こし」、「クラウド化によるIT環境改善」)に合うよう、調査結果を歪めてしまう人は多い。
 
偉そうに書いているが、これには自戒を込めている。調査は積み重ねが大事。地味で手の掛かる作業だ。一方の仮説提案には華がある。そして、積み重ねが役立たない訳ではないものの、ときには閃きによる飛躍が役に立つ。この非対称がある限り、調査抜きの仮説提案が魅力的に見えるのは仕方ないだろう。
 
誰がこうとか彼がどうとかではなく、またコンサルタントだけではなく、人には調査を手抜いて仮説提案に走る素養があるように思う。水は低きに流れるという訳だ。このとき、「自分だけは違う」という無根拠な思い込みにすがるよりも、充分な調査を行なったかいちいち自問する癖を付けることのほうが有効だろう。そして、この「辞書は“かがみ”である」からはじまる見坊の文章には、自分を戒めるに充分な迫力があるように思っている。
 


コンサルタントは“鏡”、“鑑”はクライアントに気付かせる

コンサルティングの場合、“鑑”はクライアントに気付かせるのが理想だろう。多くの場合、悩みを抱えているクライントは自分のことが見えていない。このときコンサルタントは“鏡”であるだけで充分なのだ。きれいな鏡になれば、クライアントはおのずと我が道を見付け出す。後は鑑に近付くための手助けをするだけだ。
 
コンサルティングは「鏡」でありたいとつくづく思う。「言うは易く行なうは難し」とはいえ、こういう理想は忘れないでいたいものだ。

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