ビル・ゲイツだって神様じゃない!


この記事の所要時間: 320秒 〜 420秒程度(1918文字)


マイクロソフトにあの男が帰ってきた。あの男とはもちろんビル・ゲイツだ。
 

Photo credit : DonkeyHotey / CC BY

Photo credit : DonkeyHotey / CC BY

 
スティーブ・バルマーが昨年(2013年)8月に1年以内のCEO退任を発表してから一部の注目を集めていたマイクロソフトの人事は、先日決着した。新CEOはサトヤ・ナデラ。これまでクラウド&エンタープライズ部門の責任者を務めていたインド生まれの46歳だ。そして、この人事で新CEOより興味深かったのが、ビル・ゲイツの去就。会長を退任して、技術アドバイザーに就任したという。「会長退任」と聞くと経営の一線から離れるようだが、むしろ経営への関与を強めるらしい。「帰ってきた」とはそういうことだ。
 
創業者の復帰として誰もが思い出すのはアップルのスティーブ・ジョブズだろう。彼の成功と重ねあわせて、カリスマの活躍に期待する声も多いように見受けられる。しかし、本当に期待して大丈夫なのだろうか。なぜなら、ビル・ゲイツだって神様じゃないからだ。
 


期待するのはわかるけど・・・


もちろん、ビル・ゲイツはマイクロソフトの偉大な共同創業者だ。これを否定するつもりはない。彼がCEOでいた頃、マイクロソフトは輝いていた。あの時代を思い出して、栄光をもう一度と考える人が出るのは自然なことだろう。
 
でも、今とあの頃では、何もかもが大きく違う。ビル・ゲイツがCEOを務めたのは創業から2000年1月まで。マイクロソフトが今よりずっと影響力を持っていた時代だ。当時のマイクロソフトは追われる立場にあった。一方、今はと言えば、モバイル、クラウドなどの分野で苦境に立たされている。これらの分野では、アップルやグーグルを追う立場にいると言えよう。
 
環境が違えば、経営者に求められる資質や能力も違ってくる。創業時の経営者に必要な資質をイノベーティブな発想と強力なリーダーシップだとするなら、ゲーツはこれらを持っていただろう。しかし、追う立場である今のマイクロソフトの経営者に必要なのはまったく違った能力かも知れない。それは、他社のイノベーションを応用する力だったり、若手技術者の良いところを引き出す力だったりするだろう。実際に必要な資質や能力はこんな単純なものではないだろうが、求められるものが違うのは間違いないように思う。
 
そして、ビル・ゲイツ自体も変化している。20代、30代の彼と、そろそろ還暦を迎えようとしている58歳の彼が大きく違うであろうことは否定できない。それが良い変化なのか悪い変化なのかはわからないにせよ、昔のゲイツと今のゲイツは違うのだ。
 
環境が違い、本人が違うのだから、ゲイツが経営に復帰したとしても、昔と同じような成功を導けるとは限らない。期待できるかどうかを判断するなら、今のマイクロソフトに今のゲイツがどう役立つかを考えなくてはいけないのだ。
 


成功要因は経営者? 時代の流れ? たまたま?


そもそも、経営の成功/失敗は因果関係がわかり難い。企業が成功したときの経営者は評価されることが多いが、その人の存在を成功要因と考えるのはあまりに安直だ。成功は、前任経営者の仕込みによるものとも考えられるし、時代の流れとも考えられる。極端なことを言えば、「たまたま」だった可能性だって無くはないのだ。
 
つまり、ゲイツの時代の成功は彼のおかげではないかも知れない。ゲイツを神様のように崇め、まるで彼さえ帰ってくれば新たな成功が得られるような考え方をするのは、危険な徴候ではないだろうか。
 


カテゴリー適用法は程々に!


経営者を選ぶのなら、因果を見極めた上で、今必要とされる資質、今持っている資質で判断する必要がある。もちろん、その実現は容易ではないが、思考の流れとしてはそういうことだ。間違っても、カテゴリー適用法で考えてはいけない。ゲイツを成功経営者というカテゴリーに分類し、成功経営者だから次も成功すると考えるのは安易過ぎる。
 
経営における意思決定全般について、ラベルに頼り過ぎる傾向があるように思っている。人は成功をイメージできるラベルに弱く、ついついそのラベルにすがってしまうのだ。しかし、経営はそんな単純なものではない。今回ゲイツが成功を勝ち取れるかは別として、ラベルに引っ張られず地に足付けて考えることが重要になる。カテゴリー適用法は程々にした方がいい。

  1. コメントはまだありません。

  1. トラックバックはまだありません。

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.