日本人は「自分撮り」が好きじゃない?


この記事の所要時間: 420秒 〜 520秒程度(2437文字)


セルフィー(selfie/selfy)という言葉をご存知だろうか。
公式の定義は「自分を撮影した写真。典型的な例は、スマートフォンやウェブカムで撮影され、ソーシャルメディアサイトにアップロードされた写真」。SNSにアップする使い方はあくまで一例であり、要は「自分撮り」のことだ。昨年はオックスフォード英語辞典の流行語にも選ばれた。英語圏では、「自分撮り」が新しい一つの単語になっているらしい(参考:2013年の流行語は「selfie(自分撮り写真)」–オックスフォード英語辞典が選出|CNET Japan)。
 
このセルフィー。世界中どこでも見られる現象だと思われるが、もっとも「自分撮り」が好きなのはフィリピンのマカティ市だという。米タイム誌の調査によるもので、日本の都市はベスト20に一つも入っていない。このランキングを見る限り、日本人は「自分撮り」があまり好きじゃないと言えそうだ(参考:世界一「自分撮り」好きな都市は?米タイム誌ランキング|AFPBB News)。
 
さて、ランキングを真に受けてコメントをしてみたが、もちろんこういうデータを見るときはくれぐれも慎重になる必要がある。指標に付けられたラベルと、その算出方法がフィットしているとは限らないからだ。指標の意味をしっかり把握せずに前に進めば、おかしなことに成り兼ねない。
 

セルフィー

Photo credit : Martin Fisch / CC BY-SA

 


ランキングの基準は「#selfie」


参考にしたAFPBB Newsの記事によると、ランキングはハッシュタグ「#selfie」を基準に算出されているとのこと。しかも写真共有サービス・インスタグラムで「#selfie」と位置情報(ジオタグ)の両方が付いた投稿のみを対象にしている。その上で、人口10万人あたりに換算し直して都市間の比較しているのだ。
 
このランキング算出方法はツッコミどころ満載だ。

 ・インスタグラム以外に投稿された「自分撮り」は無視していいの。
 ・インスタグラムの利用率が高い国や都市が上位になり易いんじゃない。
 ・世界中の人たちが「#selfie」を使うとは限らないよね。
 ・人口を基準に換算し直しても、観光客の多い都市が有利になりそう。
 ・そもそも「自分撮り」が好きなのは都市ではなく、そこに住む人々では。
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書き出せばキリがない。
 
「自分撮り」好きは上のような定義でランキングされているため、いくらでもツッコミようがある。いわば「条件付き」のデータであり、この条件では日本の都市が上位に入らないのも当然だろう。日本人は「#selfie」をあまり使わないと想像されるからだ。外国人観光客の「#selfie」が少ない可能性はあるが、そもそも分母が違う。自国人の「#selfie」が限定的では上位にはならないのも仕方ない。
 
タイム誌のランキングにデータを操作しようという意図があったとは思わないが、「アメリカ人によるアメリカ人のためのランキング」という感は否めない。このデータを活用したいなら、この部分を差っ引いて考える必要がある。
 


一人でも多くが納得できる指標を目指して・・・


多くの指標はさまざまな「条件付け」によって成り立っている。何らかの指標が直接的に測れることは少なく、データをつくる側がいろいろ工夫しているからだ。このとき、いろいろな条件を付けることになり、その条件によりそのデータの「確からしさ」が違ってくる。絶対的に正しい指標はつくれず、どの程度の人が自然に受け入れてくれるかが「確からしさ」の基準と言えよう。
 
①世の中で行なわれているすべての「自分撮り」を数えることはできないので、インターネット上にアップされているものだけを対象にする、②さまざまなサイトにバラバラな形式でアップされている画像は扱いきれないため、インスタグラムのみに絞り込む、③アップされている写真を一枚一枚チェックして「自分撮り」かどうかを判定することは不可能なので、ハッシュタグ「#selfie」が付いていることを基準にする、といった具合だ。この絞り込みに恣意性は感じないが、条件を付けていくことでありのままの実態をあらわしているとは言い難くなる。後は多くの人が信じるか信じないか。確からしさの領域だ。
 
「自分撮り」好きならどんなランキングになろうと実害はないが、これが企業の中で使う指標となるとそうはいかない。指標をつくる限り条件付けは避けられないとは言え、それに納得する人が少なければその指標は役立たずになる。いい加減に指標をつくっていては「仏作って魂入れず」になってしまうのだ。それでは、不幸な結果を招きかねない。
 
もちろん完璧な指標などつくれる訳はないが、この部分の作業を手抜いてはいけない。一人でも多くが納得できる自然な指標になるよう尽力しなくてはならないのだ。データが役に立たないといっている人に限って、ここの部分のツメが甘いように思えてならない。取りあえず測れるものを使う、存在するデータを組み合わせて意味付けの弱い指標をつくる、過去につくった指標を疑いもなく使い続けるなどしているのだ。そんなことをしていてはせっかくのデータを有効活用することはできない。
 
最近はビッグデータ云々の議論が多いが、このような指標の作成などは人間の領域だ。算出方法を熟考して、納得感の大きい指標をつくることがデータ活用の第一歩となる。魔法使いが出てくるような話も結構だが、ときには地に足付けて目の前にある指標を再考してみてはいかがだろうか。

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