説明力不足と理解力不足はどちらが悪い?


この記事の所要時間: 310秒 〜 410秒程度(1799文字)


ある事柄についてAさんがBさんに説明して、その内容をBさんが理解できなかったとする。「情報伝達の失敗」とでも言おうか。程度の差を別にすれば、ビジネスであれプライベートであれ、いつでもどこでもあることだ。この場合、悪いのはAさんだろうか、Bさんだろうか。
 
どちらが悪いかに正解はないが、現実社会では両者の力関係や声の大きさで決まることが多い。単純化すれば、Aさんが上司でBさんが部下だったらBさんの理解力不足、Aさんが部下でBさんが上司だったらAさんの説明力不足になってしまうのだ。ある教授の授業をたくさんの学生が理解できないなら、教授側の説明力不足が悪いとなることが多いだろう。しかし、実績のある先生が「近ごろの学生は基礎ができてない」などと大声で言い張れば、それが通って学生側の理解力不足になったりする。説明力不足と理解力不足の関係は、このように極めて曖昧かつ面妖なものだ。
 
では、どうしたら良いのか。間違いないのは、どちらが悪いかをいくら考えても詮ないということだ。説明側と理解側の双方がそれぞれ悪いと考えて、「情報伝達の失敗」という不幸な状態から抜け出す方法を探ることが得策となる。
 

 


説明側が合わせるしかない!?


情報伝達の大前提は、説明側と理解側が持っている情報の量や質に差があるということ。同じレベルの情報を持っているなら、それをわざわざ伝達する必要はないからだ。それならば、「情報伝達の失敗」は起きて当たり前。ここから逃れるためには、説明側と理解側のどちらかの工夫が必要になる。
 
一般的に、説明側の持っている情報の方が理解側が持っている情報より量、質ともに上回っている。このとき、説明側が理解側に合わせるのが基本となるのは仕方がないだろう。伝える内容の取捨選択を行ない、言葉や表現の方法を相手にフィットするように変えるのだ。有利な側が歩み寄らなければ、情報の非対称は解決しない。
 


理解する側も相手に合わせる姿勢を!


そうは言っても、理解側にまったく問題がないというわけではない。明らかに理解する気力や能力がない人には、説明のしようがないからだ。その意味で、理解する側も相手に合わせる姿勢を示すことが必要となる。まずは「理解したい」と思うこと、そしてメモを取り、わからない部分があったら質問する、後で調べる。状況によっては、事前に予習をする。極めて当然のことだ。
 
いくら説明しても、理解側が一定の気力や能力を持ち合わせないなら、情報伝達の行為自体が無駄となってしまう。この場合、そもそもの状況設定に問題があるのだろう。理解側に理解の必要がないか、まったく能力がないか。何らかのボタンの掛け違いが発生していると考えられる。実は、「情報伝達の失敗」はこのパターンが多い。伝達がうまくいかないなら、原点に帰ってその情報伝達の目的を見直すことが必要になる。
 


情報伝達も顧客志向で・・・


「情報伝達の失敗」を避けたいなら、お互いの歩み寄りが大切になる。説明側は理解側を、理解側は説明側を、それぞれ自分のお客さまと思って接することが必要なのだ。お金のやりとりに関係なく、相手をお客さまとみなして、お客さまの立場で考えて行動する。プロダクトアウトではなくマーケットインの発想で、相手に合わせる姿勢が求められるのだ。情報伝達に勝ち負けはない。情報がうまく伝われば両者が勝者、伝わらなければ両者が敗者なのだから、協力しなければお互いの損になる。つまりは、情報伝達も顧客志向ということだ。
 
ビジネス全般に言えることだが、さまざまな意味で顧客志向がない人とは作業がし難い。自分が持っているものを押し出すばかりで相手に合わせようとしないプロダクトアウトの人とは、仕事をしていても疲れてしまう。そして、それではビジネスの成功は覚束なくなる。情報伝達、そしてコミュニケーションでもマーケットインを忘れてはならない。「情報伝達の失敗」が続くようなら、マーケットインの姿勢を忘れていないか考え直すことが有効だ。

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