「若者のFacebook離れ」はなぜ起きる?


この記事の所要時間: 320秒 〜 420秒程度(1885文字)


若者の間でFacebook離れが起きているらしい。「たった6カ月間で10代のFacebookの利用者が、72パーセントから45パーセント」になったというのだから、穏やかでない。Facebookの代わりに10代が利用するSNS第1位となったのは、画像共有サイトのInstagramだという。
 
実はこれ、アメリカでの話。出典がロケットニュース24(落ち目の傾向!? 72% → 45%と10代のFacebook離れが顕著に / Instagram人気の上昇と踏ん張るTwitter)ではあるものの、ソースが米投資銀行のレポートなので一定の信頼はおけるだろう。出る杭は打たれるとは言え、最近、Facebookについてはその成長を疑問視するようなデータが多い。Facebookも、一時期ほどの快進撃でなくなったのは間違いないように思われる。
 
では、なぜFacebookから人が離れてしまうのだろうか。
今回は、これを考えてみることにする。
 

facebook

credit: kropekk_pl via FindCC

 


Facebookは「現代のプリクラ」!


ポイントは、Facebookそのものにはニーズがない点だ。多くの人がFacebookに夢中になっているのを見ると、Facebook自体が求められているように思いがちだが、それは違う。求められているのは、Facebookを使って得られる「人とのつながり」や「人とつながっていることの確認」だろう。Facebookの利用は、手段であって目的ではない。
 
自分の見立てでは、Facebookは「現代のプリクラ」となる。一緒に写真を取り、それを持ち歩くことで「つながっていることの確認」をしていたあの行為の代替という訳だ。もっと古くは交換日記や深夜の電話、ビジネスマンに当てはめればこれ見よがしにデスクにおいてある名刺ホルダーといったといったところだろうか。別に、そのもの自体にニーズがあるのではない。「人とつながっていることの確認」ができる新しいモノやサービスが出現すれば、いつ他に移っても不思議はないのだ。そして、この確認には何か画像があった方が好都合なのだろう。だからこそ、次なる注目はInstagramとなる。
 
「Facebook=現代のプリクラ」説に確たる根拠はないが、流行しているもの自体にこだわり過ぎず、近視眼を避けることが大切となる。要は、マーケティングで言うドリルと穴の関係だ。ドリルを買う人が本当に欲しがっているのは、ドリルを使って開ける穴の方。こういう俯瞰の視点で眺めなければ、本質を見失ってしまうことになるだろう。
 


Facebookは流行遅れ?


特に若者でFacebook離れが激しい原因としては、まず行動力の違いが考えられる。いまいち気に入らないサービスを使っていても、他のサービスに乗り換えるスイッチングコストは大きい。特に、人とのつながりが大切になるSNSではかなりのパワーが必要になる。この乗り換えを成し遂げる行動力は、若い人の方が大きいという解釈だ。
 
また、新規性が失われたことも大きい。今も昔も、若者は新しもの好き。ところが、Facebookは「少し前」な感じがする。流行が完全に落ち着いてしまえばまた別だが、新規性を求める人にとってはこの「少し前」の流行が逆風になる。一過性のものかも知れないが、Facebookは「流行遅れ」というラベルを貼られている可能性がある。
 


諸行無常と心得よ!?


あるサービスがはやると、その状態がずっと続いているように思いがちだ。急激なユーザー数の増加は人の耳に届きやすいが、ユーザー数の少しずつの減少は気付き難い。この非対称性により、人は各サービスの現状を勘違いし易くなる。ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。各サービスの趨勢は諸行無常なのに、人々の持つイメージは最初のインプットに引っ張られる。失敗を避けたいなら、このことを心得ないといけない。
 
間違った先入観を持ったまま、そのサービスの活用を試みれば、後で齟齬が生じることに成り兼ねない。「そんな筈ではなかった」となってしまうのだ。これを避けるのが、入念な事前の調査。間違ったイメージに引きづられないためにも、常にしっかりしたデータにあたる習慣を付けることが求められる。

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