裸足の国で靴を売る! 〜データと意思決定〜


この記事の所要時間: 350秒 〜 450秒程度(2158文字)


マーケティングに「裸足の国で靴を売る」というネタがある。住民すべてが裸足で暮らす国があったとき、そこで靴を売るか/売らないかという問い。当然、この質問への答えは次の2つに別れる。

 A.みんな裸足なのだから、誰もが靴を買う可能性があるので、売る。

 B.みんな裸足なのだから、誰も靴を買う可能性がないので、売らない。

あなたならA、Bどちらの立場で考えるだろうか。
 
もちろん、この話に正解はない。現状を所与とせず、積極的にアプローチすることの大切さを説く向きも多いが、攻めの姿勢ばかりが必ずしも正しいとは言えないだろう。出典がはっきりしないこともあり、その意味付けはいろいろだ。それでも、よくできた設定なので、何かマーケティング的にものを考えるときに役に立つ。そこで今回は、この話をデータ活用の立場で考えてみようと思う。
 

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credit: dhammza via FindCC

 


「靴所有率0%」は情報じゃない!


裸足の国の状況をデータであらわすなら、国民の「靴所有率0%」ということになる。靴所有率が100%で靴使用率が0%ということも考えられるが、ここは素直に靴所有率が0%と考えたい。外国への進出を検討している靴メーカーが事前にある国(裸足の国)の現状を調査したら、「靴所有率0%」と判明したと考えればわかり易いだろう。
 
ここでわかるのは、「靴所有率0%」というデータだけからでは何の結論も導き出せないということ。冒頭に挙げた「売る/売らない」の見解は、どちらも筋が通っているので「仮説」としては充分に成立している。そして、どちらが正しいかは「やってみなけりゃわからない」。「靴所有率0%」というデータがあっても、それを意味付けできなければ役立たないのだ。データを解釈して情報に昇華させることではじめて、「売る/売らない」を決められる。「靴所有率0%」だけでは、有効な情報にはなり得ない。
 
後は、この靴メーカーの戦略次第だろうか。新市場を積極的に開拓したいのなら、「売る」を選ぶのが妥当だろう。一方、靴市場が成熟している国に低価格で切り込むことを得意にしているメーカー場合は、「売らない」が有効な選択肢となる。データを、自社の戦略という基準で評価して情報にする訳だ。
 
データさえわかれば結論が導ける場合もあるが、現実にはそうでない場合も多い。いくら有用なデータでも、それと実際の意思決定を結びつけるロジックが決まってないと、うまくデータを使いこなせないのだ。ただ野面でデータがあるだけでは、意思決定に資する情報にはならない。
 


仮説の確からしさを争っても・・・


追加で調査を行なうアプローチはある。どちらの仮説がより確からしいかを、データで検証しようという考え方だ。質問するなら、靴の購入意向、これまで靴を履いてなかった理由などだろうか。
 
ただし、追加調査の結果も解釈次第となることが多い。Aの仮説を取りたい積極派は調査結果を「売る」になるよう解釈するだろうし、Bの仮説を支持する消極派もまた然り。過去の調査結果と成功/失敗のデータがあって、「購入意向が50%以上だったら成功する」というようなことがわかっていれば話は別だが、そうでない場合は水掛け論にしかならない場合がほとんどだ。追加調査で仮説の確からしさを争っても、うまくやらないと、声の大きな人が勝つような状況に陥ってしまう。
 


テストマーケティングにも基準が必要


現実には、一定のコストと時間をかけてテストマーケティングするのが有効なアプローチとなるだろう。要は、「やってみなけりゃわからない」を試すのだ。そもそもテストを行なうか、どの程度のコストと時間をかけるかは、靴メーカーの戦略によって決定する。
 
そして、ここでも必要となるのはデータ解釈の基準。「半年以内に月間売上高○○万円を達成しなければ、テストは打ち切り」ような明確な基準をつくらなければ、データをいろいろ解釈して不毛な議論をすることに成り兼ねない。基準の見直しは適宜必要だが、仕切りを決めることが大切になる。
 


思いは思い、データはデータ


データさえわかればどうにかなると思っている人も多いようだが、データと意思決定の関係は一筋縄ではいかない。むしろ、データがわかってから先が難しいのだ。「靴所有率0%」をどう解釈するかが、ビジネスの成否をわける。
 
大切なのはデータをどう解釈するかの段取りを事前に決めておくこと。そして、データを真摯に見つめる強い心が重要になる。後からデータの解釈を変えて、自分に都合の良い結論を導き出す人がいるが、それでは何のためにデータを集めているのかわからない。商品や企画への思い入れが強いがあまりデータを歪んで見るのも、以ての外だ。思いは思い、データはデータ。データ活用に真に必要なのは、データを真摯に見つめる強い心となる。データ活用には、得られたデータに身を委ねるくらいの覚悟で臨んで欲しいものだ。

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