MacBook、拡張性のなさに個性あり!


この記事の所要時間: 410秒 〜 510秒程度(2354文字)


新しいMacBookが発売になった。Appleのノートパソコンは、既にMacBook ProとMacBook Airがあり、これにAirもProも付かない無印のMacBookが加わったことになる。無印のMacBookは以前発売されていたことがあり、シリーズの名称としては復活となるが、まったく新しいコンセプトのMacBookだ。
 
その最大の特徴は薄さと軽さ。ディスプレイは12インチで、薄さ13.1mm、軽さ920gとなっている。MacBook Airも薄くて軽いが(11インチで17.0mm/1,080g)、その上を行くスペック。既存のノートパソコンの「ここを1ミリ削り、そこを1グラム減らすといったやり方」ではなく、「重要な要素を一つひとつ再発明した」ことにより実現できたものだという(参考:MacBook|Apple)。
 
薄さと軽さにこだわった無印MacBookで、そのぶん犠牲になっているのが拡張性だ。USB-Cポートが1つだけというのだから、徹底している。他にあるポートはヘッドフォンポートのみで、これ以外の入出力はすべてこのポートで行なうことになる。充電もこのUSB-Cポートで行なうのにポートはたった1つしかなく、もはや拡張性が「低い」を通り越して「ない」感じだ。
 
当然、この拡張性のなさを批判する向きもあるが、それはお門違いというもの。拡張性のなさを、むしろ強い個性と捉えることが適切なように思う。
 

 


拡張性をめぐる対立、アップルⅡではウォズが勝利!


拡張性で思い出したのが、Appleの2人の創業者スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックの、アップルⅡの拡張性をめぐる対立の話だ。ウォズの著書によれば、ジョブズとの初めての対立だったという。かなり長いが引用する(参考:『アップルを創った怪物』 スティーブ・ウォズニアック/ダイヤモンド社 ※太字は引用者によるもの)。

 一九七六年の春、僕がアップルⅡの制作を進めていたころ、僕はスティーブと初めて対立した。アップルⅡに八本もスロットを付けるのは多すぎるとスティーブは考えた。スロットというのは、コンピュータの機能を拡張する回路基板を差し込むコネクターのことだ。プリンター用とモデム用で二本あれば十分だというのがスティーブの意見だった。そのほうが、必要十分なマシンを安く小さく作れると言うんだ。
 でも、僕はもっとたくさんのスロットを付けたかった。八本だ。みんなもっといろいろなことをしたいと考えるはずだと思ったし、それを制限するのはいやだったんだ。
 僕が人と争うことはめったにない。でも、このときだけは違った。「どうしてもそうしたいのなら、どこかほかでコンピュータを手に入れろよ」って言ってやったんだ。スロット数を八本から二本にしても、チップ数が減るわけではなかったし、僕と同じような人間が、きっとコンピュータに追加したい機能を思いつくはずだとも思っていたからね。
 あのころの僕は、こう言えるだけの立場にいた。でも、ずっとそうだったわけじゃない。それから数年後に設計されたアップルⅢは、スロット数がもっと少なかった……結果も悲惨だったけどね。
 でも、一九七六年の対立では僕が勝ち、アップルⅡは、僕が望んだ形で設計され、世の中に送り出された。

 
コンピュータでできることを少しでも増やしたいエンジニアのウォズと、機能を必要十分にしたいビジネスマンのジョブズによる対立。拡張性の問題は、今でも同じような構図にあり、正解のあるものではない。このときウォズが勝利したことは、今のアップル製品を考えると皮肉だが、ポイントはそこではないように思う。大切なのは、技術側と経営側のトップ同士が、(きっと)直接争ったこと。しかも、4本や6本という折衷案ではなく、一方の主張を通したところだ。
 


後は、市場の洗礼を受けるのみ


商品コンセプトというのは、ひとつの「仮説」だと思っている。コンセプトが実際の商品になることで、仮説は市場による検証を受けて、売れた/売れなかったという結果がわかる。どの機能が良かったのか(悪かったのか)まではわからないものの、仮説が支持されたかどうかは数値となってあらわれる。
 
商品コンセプトは、市場での仮説検証に掛けられる前に、発売までの社内手続きを通過する必要がある。経営陣や他部署の意見を聞くことで、少しでも売れ易いよう仮説をブラッシュアップし、発売の承認を受けることになる。
 
この仮説磨きの過程は成功のために必要な作業だが、1つ間違えると妥協を生み、コンセプトを中途半端なものにしてしまう。
多くの普通の会社では、入出力のポートが1つしかないノートパソコンは販売に漕ぎ着けないだろう。そこで、ポートを2つ3つと増やしていけば、商品コンセプトはぼんやりしてしまう。これでは、仮説自体が不出来なものになってしまい、市場による検証に掛けても負け戦をしているようなものだ。
 
実は、Air好きでPro使いの自分は、無印MacBookにはまったく食指が動かない。しかし、MacBookはコンセプトのしっかりした妥協のない商品だ。拡張性のなさという「個性」がはっきりしていて、仮説自体の出来は良く、その主張は理解できる。後は、市場の洗礼を受けるのみ。好結果が出ることを望みつつ、ニヤニヤ見守りたいと思っている。

  1. コメントはまだありません。

  1. トラックバックはまだありません。

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.