「Facebookをやめると幸せになる」は本当か?


この記事の所要時間: 320秒 〜 420秒程度(1897文字)


「幸せな人生望むならフェイスブックやめるべき」だそうだ。理由は「フェイスブックを使わずに1週間を過ごした人は、そうでない人よりも日々の生活に幸せを感じる傾向がみられた」ため。俗に言われる「SNS疲れ」を裏付けるような調査結果であり、Facebook人気に水を指すようなニュースと言えよう(参考:幸せな人生望むならフェイスブックやめるべき、デンマーク調査|AFPBB News)。
 
さて、この調査結果。Facebookを否定的に捉える材料として活用する向きもあるようだが、しばし立ち止まって考え直した方がいい。調査結果がニュースになるとまるで本当のことのように扱われがちだが、そうとは限らないからだ。「幸せな人生望むならフェイスブックやめるべき」は果たしてどこまで本当だろうか。
 

フェイスブック

credit: geralt via pixabay

 


調査結果と「言いたいこと」の微妙な関係


今回の調査および結果の概要を記事から整理すると、次の通り。

 ●デンマーク市民1,095人を対象にした調査
 ●対象者をFacebookの使用を継続するグループ、中止するグループにわけて比較
 ●1週間後、「自分は幸せ」と回答した人は
  ・Facebookの使用を中止したグループ 88%
  ・Facebookの使用を継続したグループ 81%
 ●「人生を喜ばしく感じる」、「人生に不満がある」でも同様の傾向

 
記事から細かな調査設計等はわからないが、この概要の範囲において調査結果は本当だろう。ただし、問題はその解釈、言い換えだ。どの調査でもそうだが、調査結果そのものと「言いたいこと」の間にはかなり微妙な関係がある。Facebookの使用を中止したグループの1週間後の「自分は幸せ」が少し多いことで、「幸せな人生望むならフェイスブックやめるべき」と言い切っていいものだろうか。
 


目新しさ、自己満足で「幸せ」に!?


まず、疑問に思うのが1週間後という調査タイミング。いくら何でも期間が短過ぎやしないだろうか。新しい習慣を身につけたら、最初のうちは楽しいもの。Facebookの使用中止でも、早寝早起きでも、目新しいうちはそのことに「幸せ」を感じやすいように思う。この効果があって、「幸せ」度をアップさせているのなら、Facebookをやめたことと「幸せ」はあまり関係ないことになる。
 
もうひとつ、今回の設計で言えば「やめることができた」という自己満足が「幸せ」度を上げている可能性もある。自分が何かを達成したとき、そのことを肯定的に捉えたいのは人情だろう。やめるのはコーヒーでも、タバコでも、貧乏ゆすりでも何でも良かったかも知れないのだ。
 
Facebookの使用を中止したグループの1週間後に「幸せ」度が高かったのは確かだとして、それがFacebookに起因しているとは限らない。そして、そこから「幸せな人生望むならフェイスブックやめるべき」までには大胆な飛躍がある。今回の調査結果と「言いたいこと」の関係には、かなりの疑問があると言えよう。
 


調査結果と「言いたいこと」の関係に気を付けよう!


記事を細かく読むと、このあたりは報道する側の問題であることもわかる。かぎかっこで括られた研究者の発言は極めて控えめなもの。概要として示した範囲から踏み出していない。それを「幸せな人生望むならフェイスブックやめるべき」と言い換えたのが記者、疑問符つきとは言え更に「Facebookをやめると幸せになる」と言い換えたのが自分となる。生のままの研究成果は正確ながら意味が取りにくいのでこうなるのだが、誤解を招く原因でもあるので注意が必要だ。
 
さて、研究成果は一面の真実だ。しかし、それはある調査結果と「言いたいこと」の関係を信じることが前提となる。条件付きの真実であり、嘘ではないけど、本当でもない。後は、調査結果と「言いたいこと」の関係を読み手がどう受け止めるか次第となる。
 
最近、インターネットの浸透もあってか、さまざまな研究成果が目に触れる。一面の真実でしかないことを脇に置いて、扇情的な見出しがつくことも多い。そして、それに騙されないためには、調査結果と「言いたいこと」の関係に気を付けることが必要となる。みずから珍説を振り回さないためにも、充分注意したいものだ。

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