「ディスクの信頼性を下げてよい」は合理的


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パソコンのハードディスクが壊れたら一大事。パソコンは起動しなくなり、保存しておいたデータもパーになる。古くからパソコンを使っている人には、このような不幸な経験のある人も多いだろう。バックアップの大切さを身を持って知り、ハードディスクは信頼できるものを使おうと心に誓うことになる。パソコンの記憶媒体がハードディスクからSSDに代わっても、メインとなるディスクの信頼が重要なことに変わりはない。
 
ところが、最近になってGoogleは「ディスクの信頼性を下げてよい」と提案したという。ハードディスク故障の苦い経験を持つ身としてはにわかに信じがたい発想の転換だが、実は理にかなっている。データ管理の方法も、時代の流れに合わせて大きく変わってきているということだ。
 

ディスク

credit: blickpixel via pixabay

 


ディスクは壊れて当然


Googleはデータが無くなっていいと言っている訳ではない。たとえディスクが壊れても、データはシステム的に保護するという態度だ(参考:「ディスクの信頼性を下げてよい」 GoogleがHDD業界にクラウド時代の提案|クラウド Watch)。「どのみち、データはどこかにあるのだ」という言葉遣いはやや挑発的だが、ひとつのデータをいくつものディスクに書き込むことでデータを守るということだろう。そして、複数のディスクに書き込むデータ管理方法のためには、ディスクの信頼性よりもデータ容量と書き込み速度が大切だとしているように読み取れる。
 
いくら堅牢なディスクをつくっても、機械である限り一定の確率で壊れて当然。それならば、複数のディスクに保存することで、データ喪失の確率を下げた方がいいという発想は合理的だ。できるはずのない壊れないディスクを目指すより健全でもある。
 
信頼できるディスクはデータを保護するための手段であって、目的ではない。システムでデータの安全性を担保できるなら、ディスクの信頼が低くても問題ないことになる。もちろん、複数ディスクによるデータ保護はすでに行なっていることだろうが、それを更に進めるという姿勢は評価できるように思う。機械が壊れることを前提とする発想の転換は、素晴らしい。
 


最後は心理の問題


この「ディスクの信頼性を下げてよい」を実現に向けて進めていくとき、最大の難関となるのは人間の心理だろう。ビジネスを行なうとき、技術そのものより、心の問題がハードルとなる場合は多い。
 
信頼性の低いディスクをつくるという課題を与えられた開発者は、どう考えるだろうか。Googleの意図を充分くみ取り、信頼性の代わりにディスク容量や書き込み速度の向上を目指すことがミッションだと理解しても、信頼性をないがしろにすることに抵抗がある可能性は高いように思う。割り切りの問題とはいえ、人間というのはそこまで合理的にできてないものだ。ディスクの信頼性低下に対する心理的抵抗が、開発の妨げになっても不思議はないだろう。
 
更に問題なのは、一般ユーザーの心理。「信頼の低いディスクを使っているのであなたのデータは壊れるかも知れませんが、データはどこかにあるから大丈夫です」と言われて納得するユーザーは少ないはず。当然、この部分はうまく曖昧にしてシステムを提供するのだろうが、ここはかなりの難問だ。
 
最近の技術は、人間の直感に合わないようなものが多い。このとき、いくら技術が優れていても、人間心理の抵抗をクリアしないと成功は難しくなる。技術の進歩ばかりを目指し、人間の心理を置き去りにしては良い結果は生まれない。ユーザー心理に充分な配慮をしてこそ、広く浸透する技術を開発できることになる。

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