午前中5時限授業は効果的?


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本日、5月5日はこどもの日。国民の祝日に関する法律によれば、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」ための日だという。5月5日は端午の節句なので、男の子の日というイメージも多少あるが、当然、「こどもの日」のこどもに男女の区別はなし。祝日法上は、父親は無視され、母親だけが登場する。
 
さて、子供の人格や幸福に大きな役割を果たすであろう教育をどう行なうべきかの議論は難しいが、最近おもしろい動きがあることを知った。一部の小学校で、午前中の授業数が4時限から5時限に変更されているというのだ(参考:広がる午前中5時限 授業増でも放課後ゆとり 県内の小学校|西日本新聞)。長年続く従来のやり方を変えるこの変更。果たして、午前中5時限授業に効果はあるのだろうか。
 

credit: facethebook via pixabay

 


休み時間を削って、授業時間を確保!


小学校の1時限の授業時間は45分。午前中5時限にしても、この授業時間は変更せず、登校時刻、朝の会(≒ホームルーム)、休み時間、給食の開始時刻を変更して対処しているようだ。休み時間を10分と仮定して単純に考えれば、午前中に必要時間は、

 ●午前中4時限 : 授業45分 × 4 + 休み時間10分 × 3 = 210分

 ●午前中5時限 : 授業45分 × 5 + 休み時間10分 × 4 = 265分

で、5時限にすると55分増える。参考に挙げた記事に出ている小学校の例では、登校時刻で10分、ホームルームで10分、給食の開始時刻で20分、休み時間は10分増のはずが5分減で実質15分削り、55分の時間をひねり出している。
 
そこまでして午前中5時限授業にする狙いは、児童と教員に放課後のゆとりを生み出す、先生たちの働き方改革、授業時間の確保などだという。ある小学校の見解として、「子どもの集中力は午前中が高い」というのもあった。
 


午前中5時間授業の子どもの学習への影響は?


小学校の午前中4時限授業はこれまでの常識だが、当然、絶対的なものではない。変更したい理由があり、変更することが許されているなら、仕組みを変えようという姿勢は評価されるべきだろう。消極的に現状を維持するより、状況の変化に合わせて改革していくほうが合理的だ。「子どもの集中力は午前中が高い」というのも、感覚的には理解できる。
 
ただ、問題は午前中5時間授業の影響が不明なところ。授業時間の確保はできるとしても、授業が詰まることが子供の学習にどのような影響を与えるかははっきりしない。現状を踏まえて、5時限授業にするという仮説をつくり、そのアイデアを実行することは素晴らしいが、それは後で検証する必要があるわけだ。単純に考えれば、4時限授業の小学校と5時限授業の小学校の学力テストの結果を比較するということ。検証して、午前中5時間授業のほうが結果が良ければ、堂々と午前中5時間授業を続ければいいわけだ。
 


効果の評価基準に正解はないが・・・


次の問題は、午前中5時間授業の評価基準を何にするかということ。上では、シンプルに「学力テスト」にしたが、効果測定が短絡的過ぎるという反論もあるだろう。例えば、中学校卒業時の偏差値、平均就学年数、40歳時の平均年収など、もっと長期的な視点にたったほうがいいかも知れない。小学校の目的は学力向上だけでないと考えるなら、平均の友達人数を重視してもいいし、不登校や健康への影響も心配されるところだ。学校もある種のサービス業と考えて、子供や親の学校満足度を基準にする発想もあるだろう。
 
もちろん、効果の評価基準に正解はない。ただ、何を基準に評価するかを明確にしておかないと、ああ言えばこう言うになってしまう恐れがある。「午前中5時間授業で学力テストの結果が向上したので、これを続けましょう」となったとき、「でも、学力向上が子供たちの将来の幸福につながるかわからない」、「休み時間が短くなって、友達が減っているような気がする」、「不登校が増えたのは午前中5時間授業の影響では」などの反論が発生するわけだ。
 
このとき、それぞれの反論は筋が通っていても、これらをいちいち取り合っていては前に進まず、検証ができなくなってしまう。多様な意見に耳を傾けつつも、多くの人が賛同するだろうメインの評価基準を決めて、それを中心に検証を進めることが大切になる。
 


少しでも良い「教育」を目指して!


何であれ新しい仮説を試したときは、その成果を検証する必要がある。自分に甘くなり、行なったことをついつい無根拠に肯定し勝ちだが、それは無責任というものだ。「完璧な検証」は無理であることを前提した上で、最善の検証を目指してそれを行ない、次に進むのが好ましい。。すべての人を納得させることができないからと言って検証を諦めず、できる範囲で検証を行なったほうが結果はよいものになるだろう。
 
「教育」のように、将来への影響が大きい分野は特にそう。人が絡むのでナーバスな部分もあるが、クールに検証することが必要だ。少しでも良い「教育」を目指して、こつこつと仮説を検証していって欲しいものだ。

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