カテゴリー : インターネット

加藤一二三の珍訳はなぜ起きた?


この記事の所要時間: 340秒 〜 440秒程度(2085文字)


先日、自動翻訳で「ポケモンGO」が「ポケモン行きます」になる事例の記事を書いたが、今度の被害者は将棋の加藤一二三九段だ。

※画像は日本将棋連盟ホームページをキャプチャー

※画像は日本将棋連盟ホームページをキャプチャー

新しくなった日本将棋連盟ホームページの棋士データベースの英訳がこれ。「一二三」が英訳されてしまい「Kato, one hundred twenty-three」になっている。誤訳と言うか、珍訳というか。自動翻訳が固有名詞の部分までもを対象としてしまい、残念な結果を招いているようだ。
 
なぜ、このようなことが起きたのか。自動翻訳の精度の問題といえばそれまでだが、実はこの珍訳を招いた最大の原因は意思決定にある。つまり、なぜこのような自動翻訳にゴーサインを出してしまったのかということ。今回は、これを考えてみたいと思う。あくまで、一般論として推測する。
 

credit: stevepb via pixabay

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ゴジラと君の名はと誰かが知っている時代


この記事の所要時間: 250秒 〜 350秒程度(1633文字)


先日、【悲報】「ゴジラ」、62年前も「君の名は」に負けていたというまとめがあった。アルファルファモザイクという2ちゃんねるのまとめサイトの記事なので顔をしかめる人も多いだろうが、「インターネットのコンテンツに貴賎なし」という広い心持ちで見れば、なかなかおもしろい。何より、1954年(昭和29年)の配給収入で、ゴジラシリーズ第1作「ゴジラ」が、岸惠子、佐田啓二の「君の名は(第三部)」に負けたのは本当のこと(参考:1954年の映画|ウィキペディア日本語版)。「シン・ゴジラ」、「君の名は。」はともに公開中なので、今年の興行収入でどちらが勝つかはわからないが、この偶然の一致はちょっとキャッチーだ。
 
さて、この話題でつくづく思うのが、今は「誰かが知っている」時代だということだ。何事も、多くの人がいれば誰かが知っていて当たり前。ここまではいつの世でも変わらないが、インターネットやソーシャルメディアの浸透で情報伝播の仕組みが様変わりした。「誰かが知っている」が表にあらわれやすくなって来ており、その影響は案外大きい。現代が「誰かが知っている」時代であることを自覚して行動するに越したことはない。
 

credit: eak_kkk via pixabay

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Appleの放置アプリ削除と賞味期限


この記事の所要時間: 150秒 〜 250秒程度(1200文字)


登録アプリケーションが200万本を超えたAppleのApp Store。これまで、その活力の象徴としてアプリ数の多さを強調してきたが、少し方針が変わったようだ。今後は、長い間アップデートされていない「放置アプリ」などを削除するとのこと。「ユーザーが目的に合った素晴らしいアプリを見つけやすくするために」変更されるという(参考Apple、App Storeの放置アプリを9月7日から削除へ ガイドライン改定でアプリ名は50字までに|ITmediaニュース)。
 
登録アプリ数より「検索しやすさ」を優先する今回の変更は、目指すものの量から質への転換と言えよう。インターネットの特徴である「何でも、たくさんある」が邪魔になりつつある現在、質への回帰は必然のようにも思う。そして、質への回帰で重要になるのがコンテンツの「賞味期限」となる。
 

credit: Hans via pixabay

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メールでの代名詞使用は控えめに!


この記事の所要時間: 20秒 〜 30秒程度(1209文字)


ビジネスマナーは難しい。人として最低限の礼儀作法を除けば、ほとんどがローカルルールのようなものだからだ。多くの人が自然に共感、同調してこそマナーとなるのに、この部分抜きにしてできたおかしなルールがまかり通っていたりする。誰が決めたかわからないマナーに従うより、自分が思うように行動した方が100倍マシだが、おいそれとそうはできないところが悩ましい。
 
特に意味不明なのが、インターネットにおけるマナーの類だ。そもそもインターネット自体が比較的新しいものであり、その中に細かな集団がたくさんあるので、マナーも不揃いで千差万別、多種多様。それなのに、「自分の常識は他人の非常識」なことをわからず押し付ける人がいて、どこかしこでいさかいの種になっているように見える。
 
その一方で、「これがマナーになったらいいな」と思うこともある。多くの人が気付いてない/気に留めてないだけで、知れば誰もが従ってくれるのではないかと思われるパターンだ。その中で特に実感するのが、メールで代名詞を使うのを控えること。メールでの代名詞使用には、ちょっとした危険があるからだ。
 

メール

credit: 422737 via pixabay

 
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娯楽の王様はテレビではなく動画だった!


この記事の所要時間: 250秒 〜 350秒程度(1702文字)


2016年は「動画元年」だという。2014年も2015年も「動画元年」だったように思うが、そんな細かなことは気にしても仕方がない。動画に期待や注目が集まりながらも、その力をまだ存分に活かしきれていないというのが妥当な現状認識だろう。
 
とは言え、動画元年の影響は既にデータにあらわれている。通信機器大手・エリクソンが発表したレポートによれば、動画がモバイルデータ通信量に占める割合は2015年で約50%になっているというのだ。更に、2021年には、動画に使う通信量は2015年の10倍となり、モバイルデータ通信量の7割を占めるまでになるという(参考:世界のモバイルデータ通信量、21年までに10倍に=エリクソン|Reuters)。その力を活かしきれているかは別にして、動画がインターネットでたくさん見られているのは間違いない。
 
このデータから感じるのは、人は動画好きだということ。テレビの衰退が言われているが、そこで流されている「動画」は人気者のままなのだ。テレビと動画の関係は、「ドリルと穴」なのかも知れない。
 

ビデオ

credit: geralt via pixabay

 
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