カテゴリー : 思考法

ビジネス書が(あまり)役立たない理由


この記事の所要時間: 350秒 〜 450秒程度(2150文字)

●A社は「○○○」をして成功しました。
●B社は「○○○」をして成功しました。
 ↓
●あなたの会社も「○○○」をすれば成功します。

これは、ビジネス書などでよく見掛ける論理の流れだ。要は、「成功者の真似をすれば成功します」という論法。「○○○」には、大なり小なりビジネスのやり方が入る。ハーバード流交渉術でも、Facebook活用でも、店頭の手書き立て黒板でも、何でもいい。当然のことながら、実際の本ではもう少しお化粧した書き方をしているが、突き詰めて行くと書いてあることはこのような論理の流れだったりするのだ。
 
「成功者の真似をすれば成功します」は一面の真理だが、無理がある論法なのも確か。同じ「○○○」をして成功できなかったC社やD社があるかも知れないし、成功の要因は「○○○」以外の他の何かだった可能性もあるからだ。この安易な論理の流れが、ビジネス書をあまり役立たないものにしているように思えてならない。
 

ビジネス

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3つの省エネ 薄暗い部屋ではアイデア出ない!?


この記事の所要時間: 240秒 〜 340秒程度(1554文字)


夏は節電の季節だ。
東日本大震災後の電力不足を経験してからは、いつ、どこへ行っても「節電中」が当たり前。そして、電力使用量がピークとなる夏こそが、節電の本番となる。今年(2015年)も数値目標を伴う節電要請は見送られたものの、これは企業や家庭における節電の定着を前提としたもの。この夏も、今まで通りの節電は続くことになりそうだ。
 
使用するエネルギーを削減することは、地球に優しく、財布にも優しい。節電に限らず、省けるものを省くのは大変結構なことだ。ただし、それは本当に「省けるもの」の場合。何でもかんでも手当たり次第に、使用エネルギーを削減すれば良いというものではない。薄暗い部屋で作業をするような省エネは、果たして正しい省エネと言えるのだろうか。
 

 
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有料化で救急車の利用は減るのか?


この記事の所要時間: 20秒 〜 30秒程度(1218文字)


救急車の有料化が検討されているという。救急車の出動件数は年々増えて来ており、通報から現場到着するまでの時間も拡大傾向にある。そこで、有料化によって救急車の出動件数を抑制し、一刻を争う重症者の搬送を迅速化することが狙いのようだ(参考:救急車:「有料化」提案 財務省、軽症者対象に|毎日新聞)。
 
さて、この取り組みには一つ心配がある。それは、有料化によって救急車出動件数が減少するという考え方だ。一般論としては、モノの価格が上がれば需要が減るのは当然だが、そう単純に行かないのが人間の心理。有料化で、出動件数がむしろ増える可能性さえあるように思っている。
 

緊急

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その仮説は反証できますか?


この記事の所要時間: 250秒 〜 350秒程度(1628文字)


テレビのニュースや新聞・雑誌の記事を見ていて引っ掛かるのが、「ロシアはこの冬を乗り切れるのか?」の類の言い回しだ。危機感を煽るための比喩的な表現なのだろうが、あまりに情緒的過ぎて意味がわからない。何をもって「乗り切れる」とするかが明確でなく、この言葉が問い掛けであれ、乗り切れないことへの懸念表明であれ、成立していなように思えてしまう。「日本経済はこの未曾有の危機を耐えられるのか?」でも、「マクドナルドはこの危機的状況から脱出できるのか?」でも同じことだ。
 
このような真偽の確かめようがない問い掛けは、何となくもっともらしく聞こえるものの、「言ったもん勝ち」の感が強い。何せ、言葉が曖昧で肯定も否定もできないのだから、無敵といえば無敵。そこを狙っているのかも知れないが、少し考えれば発言の無責任さに気付くだろう。つくづく、「反証可能性」の大切さに思い至る。
 

反対

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片方だけなくなる靴下と哲学としての統計学


この記事の所要時間: 310秒 〜 410秒程度(1870文字)


「なぜ靴下は片方だけなくなるのか?」というテーマがある。「片方だけなくなる」理由は簡単で、両方なくなったら、なくなったこと自体に気付かないから。この答えは、言われてみれば「ごもっとも」だが、なかなか思い浮かばない発想だろう。「そもそも靴下なんてなくさない!」という野暮なつっこみさえしなければ、よくできた寓話と言える。
 
このように、自分が接したり、気付いたりした部分だけに注目して、誤った結論に達することは少なくない。ある意味ではデータを集めて考えているのだが、データをうまく使いきれてないでも言おうか。そこに欠けているのは、「哲学としての統計学」となる。
 

靴下

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