カテゴリー : 思考法

「エゴサーチ」は使えない!


この記事の所要時間: 240秒 〜 340秒程度(1555文字)


「エゴサーチ」という言葉が登場して、どのくらいの月日が経つだろうか。
エゴサーチとは「インターネット上で、自分の本名やハンドルネーム、運営しているサイト名やブログ名で検索して自分自身の評価を確認する行為」のこと(参考:エゴサーチ|ウィキペディア日本語版)。SNSの流行などをきっかけに、誰もが自分に対する評価を気にするようになり、一気に広まったように思われる。最近では、「エゴサ」と省略されることもあるようだ。
 
さて、この「エゴサーチ」の意味が変わりつつあるようだ。自分自身に関連すること以外の検索についても、「エゴサーチ」という言葉を使う例を見掛けるようになった。新しい言葉だけに、意味の変化も早いのだろう。新語などそんなものだとはわかってはいるものの、これまでと違う使い方を目にすると、やや引っ掛かるものがある。
 

ego

credit: john curley via FindCC

 
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スマートウォッチは充電不要が当たり前?


この記事の所要時間: 230秒 〜 330秒程度(1516文字)


何かと話題のウェアラブル端末。電子機器を「持つ」ものから「身に着ける」ものに変えることへの期待は大きいようで、メガネ型、ヘッドホン型、指輪型など、いろいろな商品や商品コンセプトが発表されている。
 
そして、ウェアラブル端末の本命は何と言ってもスマートウォッチだろう。Moto 360をはじめとするAndroid Wear搭載商品は昨年(2014年)から登場しており、この4月には待望のApple Watchが発売される。Appleの新商品ついては噂の域を出ない情報が多いが、今回の「4月発売」は収支報告会見でのティム・クックCEOの発言なので間違いないだろう(参考:ティム・クック曰く、Apple Watchは4月に発売|TechCrunch)。
 
さて、そんな中、デザイン性の高い腕時計で有名なスォッチからも、スマートウォッチが発売されるという(参考:スウォッチ、充電不要の革新的なスマートウォッチを発売へ|GIZMODE)。この商品の最大の特徴は充電が不要なところ。何とも画期的な商品のように思うが、よく考えれば当たり前だ。これまで、毎日充電が必要な腕時計などあっただろうか。腕時計を出発点に考えれば、「充電不要」に行き着くのは必然とも考えられる。
 

charge

credit: simplebitsdan via FindCC

 
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4年生の算数より難しいことをしていたら・・・


この記事の所要時間: 150秒 〜 250秒程度(1159文字)

シャービーの第4法則

4年生の算数より難しいことをしていたら、たぶんやり方をまちがっている!

これは、我が敬愛のジェラルド・M・ワインバーグによる警句。TwitterのG・M・ワインバーグ BOT(@WeinbergBot)で見るたびに、あまりの鋭さにどきりとしてしまう。けだし名言だと思う。
 

think

credit: Jon Skilling via FindCC

 
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1週間のはじまりは日曜日?月曜日?


この記事の所要時間: 240秒 〜 340秒程度(1555文字)


今年は、久しぶりに卓上カレンダーを使っている。1か月1枚のシンプルなタイプ。少し先の予定を考えるときなどに、卓上カレンダーは一覧性があって便利なことを思い出した次第。極めてアナログな代物だが、いいものはいい。こういうグッズひとつで、案外、モノの見方が変わったりするものだ。
 
残念なのは、1週間が日曜日からはじまっているところ。
こういう細部のつくりひとつで、案外、モノの見方が変わったりし兼ねない。
 

2015

credit: steinchen via FindCC

 
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説明力不足と理解力不足はどちらが悪い?


この記事の所要時間: 310秒 〜 410秒程度(1799文字)


ある事柄についてAさんがBさんに説明して、その内容をBさんが理解できなかったとする。「情報伝達の失敗」とでも言おうか。程度の差を別にすれば、ビジネスであれプライベートであれ、いつでもどこでもあることだ。この場合、悪いのはAさんだろうか、Bさんだろうか。
 
どちらが悪いかに正解はないが、現実社会では両者の力関係や声の大きさで決まることが多い。単純化すれば、Aさんが上司でBさんが部下だったらBさんの理解力不足、Aさんが部下でBさんが上司だったらAさんの説明力不足になってしまうのだ。ある教授の授業をたくさんの学生が理解できないなら、教授側の説明力不足が悪いとなることが多いだろう。しかし、実績のある先生が「近ごろの学生は基礎ができてない」などと大声で言い張れば、それが通って学生側の理解力不足になったりする。説明力不足と理解力不足の関係は、このように極めて曖昧かつ面妖なものだ。
 
では、どうしたら良いのか。間違いないのは、どちらが悪いかをいくら考えても詮ないということだ。説明側と理解側の双方がそれぞれ悪いと考えて、「情報伝達の失敗」という不幸な状態から抜け出す方法を探ることが得策となる。
 

 
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