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人の年齢は見掛けからわかるのか?


この記事の所要時間: 210秒 〜 310秒程度(1344文字)


Microsoftが公開した年齢当てサイト・How-Old.netをご存知だろうか。一部で話題になったので、どこかで目にした方も多いだろう。How-Old.netは写真にうつっている人間の年齢を判定するサービスで、このホームページで使っている自分の似顔絵なら66歳。イラストだとしてもかなり残念な精度だが、サービスの発想自体はおもしろい。

似顔絵年齢

 
このサイトをよく見ると、そこには「HOW OLD DO I LOOK?」という説明書きがある。つまり、画像から判定しているのは「実際の年齢」ではなく「何歳に見えるか」なのだ。当たり前と言えば当たり前だが、ポイントはここにある。
 

年輪

credit: Antranias via pixabay

 
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選挙カーのAIDMA 「続きはWebで」!?


この記事の所要時間: 340秒 〜 440秒程度(2105文字)


今週日曜日(4月26日)は統一地方選挙の投票日。都内は、ほとんどの特別区で区議会議員選挙をやっていることもあり、候補者がたくさんいて、選挙カーがとにかく多い。そして、選挙カーから大きなボリュームで流されるのは、候補者名と「お願いします」の繰り返しばかり。「これまで○○政策に積極的に取り組み・・・」、「地元○○で生まれ育ち・・・」などと話しているときもあるが、どうも要領を得ない印象だ。
 
選挙運動をある種の広告活動と捉えた場合、選挙カーでのアピールにはどんな目的があるだろうか。名前の連呼を聞いていると、「他の候補者もやっているから」、「以前からやっているので」といった消極的な動機で行なっているのではと疑ってしまう。もちろん、選挙カーの活用方法は候補者それぞれで違っていいのだが、そのポジションを明確にして活用した方が良いように思う。
 
さて、このようなことを考えるときは、既存のフレームの応用が役に立つ。今回は、マーケティングの古典的なフレーム「AIDMA」を使って考えてみたい。
 

election

credit: narciso1 via pixabay

 
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コンサルタントは“鏡”でありたい


この記事の所要時間: 350秒 〜 450秒程度(2155文字)

 辞書は“かがみ”である ―― これは、著者の変わらぬ信条であります。
 辞書は、ことばを写す“鏡”であります。同時に、
 辞書は、ことばを正す“鑑”であります。
 “鏡”と“鑑”の両面のどちらに重きを置くか、どう取り合わせるか、それは辞書の性格によってさまざまでありましょう。ただ、時代のことばと連動する性格を持つ小型国語辞書としては、言葉の変化した部分については、“鏡”としてすばやく写し出すべきだと考えます。“鑑”としてどう扱うかは、写し出したものを処理する段階で判断すべき問題でありましょう。
〔略〕

これは『三省堂国語辞典』の編集主幹として知られる見坊豪紀(けんぼうひでとし)が、その「第三版 序文」に残した言葉だ。
 
「“鏡”と“鑑”の両面のどちらに重きを置くか、どう取り合わせるか、それは辞書の性格によってさまざま」としながらも、まず「写す“鏡”」があって、そこからはじめて「正す“鑑”」を示し得るという順序立てをしていることが読み取れる。生半可な知識で他人の言葉遣いにあれこれ言う輩が多い昨今、生涯で145万枚の用例カードをつくったと言われる見坊のこの文章に、高い見識を感じるのは自分だけでないだろう。
 
ここで“鏡”とは、すなわち調査のこと。だからと言ってこれを単純に「まず調査ありき」と結び付けるのは安直かも知れないが、“鏡”か“鑑”かはコンサルティングにおいても重要になる。「写す」と「正す」を意識的に使いわけられなければ、クライアントに迷惑を掛けるのが関の山だ。
 

Photo credit : Mary Margret / CC BY

Photo credit : Mary Margret / CC BY

 
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忠臣蔵と旧暦/新暦と記念日マーケティング


この記事の所要時間: 250秒 〜 350秒程度(1668文字)


本日12月14日は忠臣蔵の日だ。「時に元禄十五年十二月十四日、江戸の夜風をふるわせて、響くは山鹿流儀の陣太鼓、しかも一打ち二打ち三流れ、・・・」。今から300年以上前のこの夜、赤穂浪士の吉良邸討ち入りが為された。
 
「日本人なら忠臣蔵でしょ」は柳家喬太郎の新作落語『白日の約束』の中の決めぜりふだが、これを引っ張り出すまでもなく日本人の忠臣蔵好きはかなりのものと言えるだろう。今年は新装なった歌舞伎座が11月、12月と連続して『仮名手本忠臣蔵』を上演、映画ではハリウッド版忠臣蔵『47RONIN』が公開など、出し物には事欠かない。
 
さて、吉良邸討ち入りといえば雪景色が付きもの。でも、この江戸・東京で12月に積もるほどの雪が降ることは珍しい。このため、忠臣蔵の時季の設定に少し不自然さを感じる人もいるだろうが、実はそんなことはない。当時の12月は今よりずっと寒かったのだ。
 

Photo by Wikimedia Commons Photo by Wikimedia Commons / PD

 
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中華料理店、エビよりご飯で差別化を!


この記事の所要時間: 330秒 〜 430秒程度(1966文字)


食品偽装のニュースが続いている。次から次へと新たな偽装が発覚するものの、これまでと較べて驚くような案件は少なく、最近は「あっ、またか」と思う程度。いささか食傷気味になってきている。
 
食品偽装の報道を見ていて考えるのは、「素材がそんなに大切なのか」という素朴な疑問だ。例えば、エビのチリソース炒め。超がつく高級店の逸品ならいざ知らず、普通の街場の中華料理店で芝エビを使おうとバナメイエビを使おうと、出来上がりに大差は無いように思ってしまう。どんなエビを使うかより、炒め方やチリソースの味で出来不出来が決まると考えられるからだ。あんな大味の料理で、素材の細かな違いをどうこう言っても意味がないだろう。素材の良し悪しが大きく影響する天ぷらならばエビの種類や品質にこだわるのもわかるが、エビチリで重要なのはそこじゃない。
 
お客に伝えやすい競争軸を見付けると、多くの企業がその軸で競おうとする。炒め方やチリソースの味よりも、エビの種類や品質の方が誰にもわかりやすいので、ついついそこを強調してしまうのだ。そして、これが過剰になるとおかしなことになってくる。最初は「高級食材のエビを使いました」でお客にアピールできていたものが、ライバル店も同じようにエビを使うようになると、「芝エビを使っています」、「我が店の芝エビは○○産です」、「○○産の芝エビの中でも特に厳選された最上級の素材を使用しています」となってしまうのだ。
 
もちろん、消費者がこれらのラベルに反応するならそういうマーケティングも仕方がない。しかし、エビの種類や品質が実際には料理の味にあまり影響しないのなら、虚しい競争をしていることになる。「どうせ味に大差はないのだから、他のエビを使ってもわからない」となる背景には、こんなことも影響してそうに思う。
 
さて、ライバルとエビの種類や品質で競うよりも良い方法がある。それは、みずから新しい競争軸を提示することだ。もし自分が中華料理店を経営するのなら、エビの種類よりもご飯の旨さで争うだろう。その方が確実に差別化できそうだからだ。
 

Photo credit : andrea castelli / CC BY Photo credit : andrea castelli / CC BY

 
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